弁護士 玉村 匡(たまむら まさし)京都弁護士会

1959年(昭和34年)4月に京都市内で生まれました。
当時は郊外に一戸建てを持つのが人気だったことから、同年秋に当時の長岡町(現・長岡京市)に転居しました(というより、両親の意向で移り住みました)。
ときまさに経済成長の真っただ中で、長岡町の人口は鰻上り。当初2つしかなかった小学校も、人口増で急遽数多く新設されましたが、名前を考える暇もなかったのでしょうか、その後は長岡町立長岡第三小学校、第四小学校と、まさにナンバースクール。時代は、効率ばかりを追い求めておりました。

中学・高校とは高槻市に通いました。阪急電車で通学していたのですが、電車が快適になって駅舎や軌道敷きが高架化されるなど、「近代化」を見ながら過ごした生徒時代でした。

大学からは京都に戻りました。私の入学した当時はまだ「ガクラン」を着た先輩たちがおられる時代でした。学生時代はそれなりに勉強もしましたが、やはり私にとっては生涯の友を得ることができたことに、最も意義がありました。

私が弁護士になろうと思ったのは、何かをただすためには正しい知識とそれを使いこなせる力を持たなければダメだと思ったからです。
優しい心も、それを具現するには多くの戦いが必要です。
私の力が、依頼者・顧問先の皆様の悩みを解決する能力を持つよう、日々研鑽してまいります。

委員・講師等

2004年6月~2018年5月 日本弁護士連合会委員
2009年9月~2017年3月 京都産業大学大学院法務研究科 非常勤講師
2010年10月~2014年9月 非常勤裁判官任官(配属庁 京都簡易裁判所)
2009年9月~現在 向日市開発事業紛争調整委員会委員
2011年4月~現在 宇治市建築審査委員会委員
2018年10月~ 京都市京町家相談員(予定)
2017年4月~現在 京都中小企業家同友会会員(政策委員会委員)

 
 

弁護士 竹中 由佳理(たけなか ゆかり)京都弁護士会

出身は山口県山口市で、高校卒業まで山口で過ごしました。大学進学を機にひとり暮らしをはじめ、大学時代は福岡に住み、ロースクール入学時から京都で暮らしはじめました。
弁護士になろうと決意したのは、高校生のときです。法律に興味があったこともありますが、やはり困っている人を助けたいという思いが、弁護士を目指そうと思ったきっかけです。

私が普段、心がけていることは、「心にあおぞら」をもつことです。歌手のYUKIが歌う「あおぞら」という曲の中にこの「心にあおぞら」という表現が出てくるのですが、私は、この曲を聴くと自然と元気が出てくるので、よく聴いています。

「心にあおぞら」をもつとは、とても感覚的な表現なので、言葉にするのは難しいですが、私は、どんな困難があっても、前向きに、雄大な青空のように大きな視点で物事を考えたいという思いからこの表現を使っています。

確かに、いつも青空のように爽快な気分でいることは難しいです。しかし、ちょっとしたきっかけで、心の雨雲はすっとなくなり、青空が戻ってくることもあります。

弁護士に相談するのは、敷居が高いなどと言われることもありますが、決してそのようなことはありません。私は、皆様方の抱えておられる問題に共感し、気軽にご相談して頂けるように心がけています。渡辺・玉村法律事務所で、皆様の心がすっと晴れるお手伝いをできたらと思っております。

 
 

弁護士 渡辺 哲司(わたなべ てつじ)京都弁護士会

1942年(昭和17年)6月、新潟県燕市で生まれました。
1961年(昭和36年)4月、京大・法学部に入学したときから、京都で住み始め、京都が気に入り、京都人になりました。
1969年(昭和44年)4月に、京都弁護士会に登録しましたので、弁護士活動を約50年間経験したことになります。

この間いろいろな分野の事件を経験しましたが、そのたびに思うことは、「個人の紛争であれ、企業の紛争であれ、それが特定分野の法律問題のようにみえても、最善の解決のためには、それに関連する他の分野の法律をも視野に入れ、それをも駆使する必要がある」ということです。

そのように対処できる弁護士活動をするため、今も自ら研鑽しなければならない、と思っています。